sub4に挑む日々 in NY

30代のへなちょこランナーyamakoが、無謀にもsub4に挑戦する日々 in NY

NJ Marathon 完走記 ② 負け戦だって最後まで勝負からは降りないよ!

こんにちは。

日本はゴールデンウィークですね。こちらは暦通り、平常運転です。子供時代のGWといえば、父方の祖父母の山で一族総出のお茶刈り(摘み)、浜名湖での潮干狩り、地元の「太陽と緑と親子の集い」というイベントが三大柱でしたね。今も、太陽と〜はやってるのかしら。

GW辺りの静岡県は新緑美しく、気候も爽やか。いろいろと楽しかった思い出があります。

さて、昨日の続きで、NJ Marathon 完走記②をどうぞ。

11mileを過ぎるとコースの南端19mileまで行って帰ってきたエリートランナーたちとすれ違いはじめます。

彼らはもう終盤24mile過ぎ、私とハーフマラソン程の差がついているんですよね、凄いなぁ。

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コースはビーチサイドから一本入った豪邸の建ち並ぶ大通りを進んでいきます。

そこで、またクレージーなおばかさんたちの応援パフォーマンスが。

道路ギリギリまで大型のソファーを出してきて、7〜8人でシャンパンやビールを飲みながらランナーを囃し立てる(笑)

彼らなりの応援でしょうか。。。

イメージとしては『ゴシップガールズ』か古いけど『ビバリーヒルズ青春白書』みたいな感じ。

完全なるパーティーピーポーですよ。

彼らを横目で見つつ、ランナーは19mileまでひたすら一本道を南下、この辺りは応援もまばらだし、ハーフのランナーが去ったことで、給水以外はほとんど一人旅状態。

海も見えないし、もう音楽に浸りながら、熱唱して(口パクね)走るしかない、それ以外することがないんですよ。まわりもだいたいそんな感じで、またに本当に声を出して熱唱するランナーもいたり…。げ、元気だな…

でも、ペースは6:00/kmプラマイ5秒を守れていて、なかなかよい走りをしていたと思います。

今回は、エナジージェルの給食がいつも使っているGUとのことだったので、2本だけ持って走りました。

大体いつも10km毎に1本補給するのですが、今日は前述のとおり胃が持たれていて、うっかりすると摂り忘れそうになる…

1本目はともかく、2本目を補給した20kw過ぎでは何だか胸焼けがして、一気に口に入れることが出来ずに、しばらく持ちながらちびちびと舐めるように体に入れました。

19mile過ぎ、再び折り返しのランナーとすれ違うコースになります。ちょうど自分の1.5mile、2km程度先を走るランナーと出会うので、だれか仲間とすれ違うかなと思っていたら…、

Kさん!

「yamakoちゃん!頑張ろうねー!」と超元気だ。

私はというと、脚はまだまだ大丈夫なものの、ちょこまかとあっちにこっちに曲がらされるルートにすっかり気持ち悪くなってきていました。

内臓がやばい…なんというか走りながら胃が左右に揺られる感じなんですよ。

今までには完走後に気持ち悪さに襲われたことはあったけれど、レース中にこれほど気持ち悪くなったのははじめて。

ちょっと待ってよ…まだ20mile(32km)。あと10km以上もあるよ。

コースは海岸に出て、また悪いことにアスファルトからボードウォークに変わっていました。

これがまた足元が悪い。

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普段から全く問題でない、木材と木材の繋ぎ目が、ふらふらの身体には堪えるのです。

あー、と…躓いて転びそうになる!

私がすんでのところで堪えた矢先、前を走っていたおじさんが顔面から転んだ!

バッターンンン‼︎

それは派手な音がして彼の周りには人がわらわら集まってきました。

心配だけど、もはや1ミリの余裕もなかったのでちょこっとだけ声を掛けて、レースを進めることにします。

もうこの辺り、20mileから23mileの約5km、本当に地獄を見ました

まだまだ大丈夫だと感じていた脚さえも、内臓の不調につられて動かなくなってきた…そして予報に反してちりちりと照りつけ出した太陽!そしてここはビーチサイド、遮るものは何にもない!

もう気持ち悪さが堪えられず、コースアウトして、吐いてしまったのもこの辺り。胃の中には何もないので、吐くといっても胃液と水分くらい。

自分に暫く我慢したらきっと楽になる、と言い聞かせて走り続けます。

実際、1月のいぶすき菜の花マラソンでは、46、7kmで脚の限界をむかえ、歩いてしまったものの、その後ラスト5kmで蘇り、6:00/kmでゴールまで走れたという奇跡の復活を遂げたのです。

我慢、ここは我慢。今にきっと楽になる!

苦しい走りが続き、もはや手元のGARMINも見ません、というより落ち切ったペースを見るのが怖くて見れませんでした。

帰宅後、この魔の5kmのラップを振り返ってみると、

6:30, 6:40, 7:13, 7:04,7:19...

坂を転がり落ちるようなガタ落ち。

もうきっと下向いて走ってたでしょうね、この時の私。意識も割と朦朧としてきていました。その時、日本語が頭の上から降ってきたんです。

「頑張ってー!!」

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その声の主は4:40のペーサーを務めていたJoさん!

すっごいオーラ。いまだかつてこんなオーラを纏ったペーサーを見たことありません。

100本以上のフルを走り、ウルトラランナーでもある彼女は、つい6日前にボストンを走り、今日はボランティアでペーサー。女王の貫禄とそのオーラにふらふらだった私も我にかえったのでした。

すごく沢山のランナーを引き連れて、明るさを撒き散らしながら行った彼女。ここでJoさんに会えたことも振り返れば幸運だったかも。

その後も必死で持ち堪え、やはり私は正しかったと実感したのは36km過ぎてでした。悪心がおさまり、少しは楽に脚も出せるようになってきました。

そう、諦めたらいけません。レース後にラン友とも話したのですが、「キツイ、辛い、もう脚を使い果たしたと思っても、我慢して我慢して持ち堪えると、ふいに楽になる瞬間が来る」と彼女も言っていました。

私も今回、本当に実感しました。たかだかサブ4にも届かないスピードで走っているんですよ。その程度のスピードで完全に脚が終わるはずないじゃないか、と。

ただ、いぶすき菜の花のミラクルは再び起こらず、辛さがマシになったとはいえ6:30/kmが精一杯。

そして、もう一つ辛かったのが、給水、給食。

もうなにか胃に入れたなら、また吐きそうになるのです。でもこれはフルマラソン。30km以上も走ってきていて、今後飲まず食わずでゴールするなど不可能。ジェルは本当に気持ち悪かったけれどちびりちびり舐め、ゲータレードや水も給水所ごとにとって少し飲み、口をゆすぐ。。。ゴールまでそんな感じでした。

あとは一本道をゴールに向かって突き進みます。

それにしても、私は何故誕生日に自らこんな苦行をセッティングしてしまったのか。

けっして安くはないお金を払い、早朝4:00に起きて、マラソン…

時計はあまり見ないようにしていたものの、もはや目標の4:15に間に合わないことは分かっていました。

とても残念だけど、かっこよく秋のベルリンに向けてステップしたかったけど…

それは今や届かなかった夢に終わってしまいましたが、もうそれは仕方が無い。

「こうなったら、1分でも2分でもいいから自己ベストを縮めるんだ」

ただその一心で走っていたと思います。いつから私はこんなに強くなったのか。

ゴール前あと3kmのところで、ビーチサイドに再び入ります。

そこに、、、

あー!また、また居たよ、あいつら…

まさかのソファー軍団再びです。彼ら、往路のランナーを見送ったあと、道を一本入った復路のコースまで、わざわざソファーを担いでいって、また現れたという…(笑)

なかなか…ね。おふざけするにも全力投球です。もはや尊敬します。

そんな彼らに見送られ、ゴールに向かって最後の走りです。もう脚はガチガチ、スピードも出ない。

でも進む。遅くても進む。負けていたって最後まで勝負からは降りないんだ。

この日は海も空も穏やかでとても綺麗でした。

余裕がなくて、途中の建物などはあまり記憶にないのですが、ビーチの景色だけは「ああ、綺麗だな、、、」と思ったことを覚えています。辛かったときでも、綺麗な景色だなと。

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歓声がするゴールにやっと辿り着きました。手元の時計では4:26:59。

はは、タイムも4月26日。「誕生日タイムだな…」とぼんやり思ったのを覚えています。

あー、辛かった!でも走りきった!

★GARMIN

42.61km 4:26:59

6:16/km 

完走後記に続く。

 

それでは。

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