sub4に挑む日々 in NY

30代のへなちょこランナーyamakoが、無謀にもsub4に挑戦する日々 in NY

ドイツで買っていないドイツ土産☆yamako、Design Naif by Villeroy&Bochをゲットするの巻。

こんにちは。

今日も、そわそわしてしまって、またセントラルパークに行ってしまいました。

もう紅葉も終盤なんですけど、綺麗でしたよ。

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で、またゴールラインあたりをうろちょろと(笑)

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明るい時間だとこんな感じです。

ランは控えめに3mile程、あとはウォーキングをして、1時間程、公園内を散策しました。

今日は全くランの話じゃなくて、恐縮なのですが、ドイツで買っていないドイツ土産が届き、大変に浮かれているので、その話を書きます。

そう、今年のベルリンでは、マラソンに集中していたこともあり、何も買い物をしなかったんです。

マラソンのコース上、KaDeWe(ドイツのデパート)を通ったときは、あんなに「終わったら買い物してやる~」と思ったのに、結局何も買わず。旅を通じて購入したものは、夫と友人宅にクロイツカムのバームクーヘンとダルマイヤーの珈琲、チョコレートくらい。

まあ「ベルリンマラソンでの思い出こそが最高のお土産、私への」と思っていたので、良かったんです。

ベルリンから帰ってしばらく、私は燃え尽きてしまって現実逃避。ドイツのガイドブックや何やらを見ながらうっとり…な日々でした。

「次はドレスデンでクリスマスマーケットを見て、マイセン行って食器を買いたいな~」なんて妄想が膨らむ膨らむ。

食器を買いたい熱は萎まず、、、かといって、マイセンなんて高価なものを気安く買えるはずもありません。(絵付けされていないものですら高い…)そして、うちの雑器たちとはどう考えても合わない…。

もともとドイツでは、ナパトマンのガラスの器とVilleroy&Bochを買いたいなーと思っていたのです。どちらもドイツのメーカーなので安いだろうと。

ナパトマンは今持っているものの買い足し、Villeroy&Boch(ビレロイ&ボッホ)はDesign Naif(デザインナイーフ)というシリーズ。こちらは、昨年、ベルリンで初めて知って可愛いなーとデミタスカップを購入しています。

デザイン ナイーフ

デザイン ナイーフ|ビレロイ&ボッホ オンラインショップ

まだ無名だったころのラプロ氏のイラストがユニセフのポストカードに使用され、その葉書を受け取ったVilleroy&Boch社の役員が気に入って商品に採用したとか。

このシリーズ、朝食用にしたら可愛くて毎朝なごむだろうなーと。…で買っちゃいました(笑)

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Villeroy&Boch USAのサイトを物色していたら、すっごいセールをやっていたので。もう、アメリカではこのシリーズはもう廃盤にするのかくらいのセールを。お皿1枚、38ドルが14ドルですよ~!?一気に購入して送料もサービスになりました。

今回購入したのは、サラダプレート21㎝を5枚とカップを2つ。

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それぞれに名前がついています。

上:Noah's boat、右:Village、左:Fire Place

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 左:Huntsman、右:Poultry farm

カップはVillage streetとCastle。

本来、サラダプレートは6枚の違った絵柄なんですけど、1枚はセールになっておらず、今回は5枚を購入しました。さらに少し小さなサイズ、デザートプレート17㎝もまた絵柄が違って可愛い(こちらのほうが好みのものがある)のですが、一緒に使うと食卓がうるさくなりそうなので断念しました。

 このVilleroy&Boch社、ニューウエーブというシリーズが有名かと思います。イタリア料理店なんかでよく使われていたり、私の友人でも所有している人、結構います。

Villeroy家とBoch家が合併して今の形になったんですね。以下、HPから。

1748年  創業

後期バロック時代、武具師として名を知られていたドイツ人フランソワ・ボッホはヨーロッパ中心部の自治国家ロレーヌ公国において、陶製テーブルウェアの製造 を開始。ボッホの3人の息子(ジャン・フランソワ、ド ミニク、ピエール・ジェセフ)と6人の職人を雇い入れる。
1767年  ルクセンブルグのセットフォンテーヌに陶磁器工場設立
ロレーヌがフランス領となり、様々な特権が適応されなくなったため、3人の息子はオーストリア領ルクセンブルグ市郊外のセットフォンテーヌに新しい陶磁器工場設立。 ハプスブルグ家マリア・テレジアの庇護を受け、課税や地代免除などの特権を得て規模を拡大し、また「王室御用達」 (Manufacture Imperiale et Royale)として王室の紋章を付することを許可される。フランス革命により解体を余儀なくされたあと、一番若い息子ピエール・ジェセフ・ボッホ により再び設立。彼は優秀な実業家で、製造が困難で経費のかかる磁器製造のみならず、高品質の陶器で大衆相手の有益なビジネスに目を向ける。

ブランドの歴史

1791年  ニコラ・ビレロイが陶磁器工場設立
ビジネスマンであったニコラ・ビレロイは、ザール河沿いの町ヴォードルヴァンジェに陶磁器工場設立、産業革命の発祥国イギリスから優秀な職人を招き入れる。銅版印刷の成功、燃料としての石炭の使用など、生産工程の工業化に尽力。
1809年  ベネディクト寺院(現本社)買取
ボッホ家は、ザール河沿いのメトラーにある寺院を買取、近代的な陶磁器工場へと造りかえる。 世界で初めて水力でまわすろくろを導入し、効率化のみならず森林の保護を考慮し窯の火入れに石炭を使用するなど、工業生産の時代にふさわしく機械化による生産工程を考案する。1812年には職人たちにより「アントニウス組合」が結成され、その後ビスマルクがドイツで最初に福利厚生法を定めた際のモデルとしてこの組合が重要な意義をもたらす。(このことにより貴族の爵位が与えられる)。

ブランドの歴史

1836年  ビレロイ家とボッホ家が合併、ビレロイ&ボッホ社設立
競争が激化するヨーロッパの陶磁器市場において確固たる地位を築くため、ジャン・フランソワ・ボッホとニコラ・ビレロイは各々が所有していた3つの工場(メトラー、セットフォンテーヌ、ヴォードルヴァンジェ)を合併、ビレロイ&ボッホ社を設立する。その後ヨーロッパ大陸で初めて、青色銅版印刷や彩色石版印刷、1850年にはボーンチャイナを導入(1825年まで、すべての陶磁器は手描きであった)。 後にピエール・ジェセフ・ボッホの息子ユージンと、ニコラ・ビレロイの孫娘オクタヴィーの結婚により姻戚関係を結ぶこととなる 。
 同じドイツのマイセン、デンマークのロイヤルコペンハーゲンと並んで世界三大陶磁器ブランドだけに歴史は長いのですね。
3社の中でも量産されていますので、まあお手頃でセール時の割引率も高いので、普段からガンガン使えるのがよいです。今回購入したナイーフももちろん食洗器で洗って大丈夫なもの、ここ重要です。

ランニングブログ以外にも、はてなでは、お料理ブログをよく見ています。皆さん、お料理だけでなく、器も上手に使っていて、いつも感心しています。
食器って、実際に料理をもってテーブルに置いているのを見ないとその真価ってわかりずらいですから。

私は、NYに結婚と同時にやってきて(夫とは2月に結婚して、4月の頭に渡米)、正直、どれくらいのものを持参したらよいかわからず、ほんとに身の周りのものだけをもってやってきたんですよね。
渡米にわたり後悔したことのひとつが、食器類をもっと持ってくればよかった、ということ。
なんやかんやでお客様を招く機会が多いからです。

食器は一度買うと割れない限り、半永久的なもの。やすやすと買い替えできるわけなく、、、難しい。
基本、巨大な食洗器でがしがし洗うアメリカより、日本のほうがいろいろな国の多彩なブランドが手に入ります。そして日本の奥様達はかなり食器好き。きっと、ヨーロッパはまた違うんだろうなー。

ドイツで買っていないドイツ土産(笑)
でも、ベルリンマラソンに行ったから買ったんだなーと思い出を込めつつ、大事にしたいと思います。

それでは。